独、仏で増えるベーシック・インカムを求める声

少し古い記事です。

この記事から2年経ちます。

丁寧にまとめられていて読みやすいです。

独、仏で増えるベーシック・インカムを求める声


2013年7月26日 朝日新聞デジタルWEBRONZAより

http://webronza.asahi.com/global/articles/2913072600001.html

筆者:プラド・夏樹

フリーランスライター。慶応大学文学部哲学科美学美術史学科卒。ギャラリー勤務、展覧会企画、パリ・ポンピドゥーセンターで開催された『前衛の日本展』の日本側準備スタッフを経験後、1988年に渡仏。美術書翻訳、音楽祭コーディネーター業、在仏日本人向けコミュニティー誌「Bisou」の編集スタッフを経て、フリーライターとして活動している。歴史・文化背景を正確にふまえたうえでの執筆がモットー。

以下記事引用


 ドイツのメルケル首相がフランスの財政状態に対してきつい批判を浴びせることが度重なる昨今、この二つの国の経済政策や社会保障制度の違い、ひいては、その理念となる政治哲学、思想の違いについての議論や記事がメディア上で相次いでいる。

 フランスからみれば、ドイツの失業率5.4% (フランスの失業率は11%)、黒字の健康保険システム、国家予算も均衡がとれているという優等生ぶりは羨ましい反面、やっかみもないわけではない。

 もっとも頻繁に聞こえてくる対独批判は、「競争力重視の不平等な社会」というものである。ドイツは、2000年初頭、失業率11.6%で「欧州の病人」と言われるほどであったが、シュレーダー前首相政権下で2003年から2005年にかけて行われた労働市場改革、いわゆるハルツ改革以降、競争力を取り戻し、現在はEU最大の経済力をもつ。

この改革のひとつ、ハルツIVは、失業手当を長期間あてにする人々を労働市場に引き戻し、同時に最低限の生活費を支給することを目的としたものだ。

 まず、失業手当の額はそれまで働いていた期間と年齢によって決まり、1年間だけ給付される。その後は、職業安定所のすすめるあらゆる職、時給1ユーロでも月給400ユーロのミニ・ジョブでも受け入れることを条件に、382ユーロ(=約5万42円)という生活保護に近い金額に切り替わる。仕事の選り好みは許されない。

 このハルツ改革後7年で、失業率は半分に減少した。とくに20歳から24歳の若者の失業率は、フランスでは25%であるのに対してドイツでは12%と欧州内でもっとも低い。

 問題がないわけではない。時間あたりの最低賃金が9.43ユーロと定められているフランスと違い、ドイツでは最低賃金が定められていない。このため、清掃、鶏肉解体などの職場では時給約3ユーロという低賃金になることもあり、プアワーカーの増加が指摘されている。また、4分の1の労働者が非正規雇用という実態もあるが、失業率の数値だけを見ればこの改革は成功だったと言えよう。

 フランスもドイツにならい、最低限の生活費を保障するシステム、RSA (revenu de solidarité active)を2009年に発足させた。完全に無職の場合の手当は1人あたり483.24ユーロ(6万3千304円)。ドイツと同じく、働いていても月給が500ユーロに満たない場合は不足分を上乗せして受給することができる。

 しかし、このRSAにも問題点はある。受給者は3ヶ月ごとに自分の経済状態を報告するが、虚偽の申請によって給付を受けようとする人もいる。このため書類検査に多大な労力が費やされ、関連機関が作動しなくなっている。

 また、「すでに働いていても低収入ならば給料に上乗せできる」という情報が国民の間にうまく伝わっておらず、権利があるのに申請をしていない人が68%に上り、受給者は200万人のみ。また、2012年に給付された105億ユーロの給付額のうち8億3百万ユーロは不正な申請者に支給されたという。

 社会保障を維持し、かつ競争力を上昇させるという難題を前に、ドイツはプアワーカーの増加を選ばざるをえなかった。フランスは最低賃金の維持に固執するあまり人件費が高く、労働者の権利を保護するために解雇規制が厳しすぎ、労働市場は硬直したままで求人数が少ない。RSAは低所得者の生活を援助することはできたが、失業者減少には到らなかった。

 ところで、これだけ手厚い社会保障をしているにもかかわらず、両国ではよりラジカルな最低限生活費保障制度、ベーシックインカムを主張する人々が増えている。

 ベーシックインカムは1972年のアメリカ合衆国大統領選挙で争点の一つとなった制度で、政府がすべての国民に対して、最低限の生活に必要な額を無条件に給付するというものである(米国ではニクソン大統領の当選でお蔵入りとなった)。

 その歴史は古く、ルネサンス期は『ユートピア』の著者トーマス・モア、18世紀の社会思想家トーマス・ペイン、20世紀半ばのアメリカ合衆国では、ポール・サミュエルソン、ミルトン・フリードマンといった経済学者が、1980年代以来はベルギー人の政治経済学者フィリップ・ヴァン・パレースを初めとした人々が提唱しており、2004年には、哲学者、経済学者、政治家を中心としたBasic Income Earth Network連盟がベルギーで発足した。

 最低限の生活費を国から受け取った後、働きたい人は働き貯蓄をすることもできるが、それぞれの自由意思によって好きなことをするというものである。格差がなくなるわけではないが、「経済の究極の目的は、人間を労働から解放することである」という理念に基づいている。

 単なるユートピア思想であろうと思いきや、そうでもなさそうだ。次のサイトでは、日本語字幕付きで、ベーシックインカム制度を説明する映画『le revenu de base 』(邦題は生活基本金)を見ることができる。

 ベーシックインカムはすでに世界数国、アメリカ合衆国のアラスカ州、ブラジル、ナンビアなどでテストされている。カナダのマニトバ市では、1975年から79年にかけて実地され、その間は、病院に入院する人々の数が減少し、高等教育を受ける子どもの数が増えたという結果が出ている。

 フランスの左派新聞Le Monde diplomatiqueの5月号上ではインドでのテストの結果が紹介されているが、それによれば、子どもたちの成績が上がり、進学率は3倍に上昇。最低限の生活が保障されているため失敗を恐れ必要がなく、新しい事業を始めた人の数は今までの2倍に跳ね上がったということだ。

 現在、ドイツでは600万人が前述のハルツIVを受給しており、国の社会保障金や家族の援助を受けずに自分の給与だけで生活する人は全体の41%のみ。ハルツIVが発足10年を迎える今年、このベーシックインカムのホームページを閲覧する人々が急上昇しているという。英語ページはこちらで見られる。

 フランスでは、エコロジスト党がEU議会選挙にあたってベーシック・インカムを公約としており、パリ4区の社会党市長クリストフ・ジラール、キリスト教民主党の前党首クリスチャン・ブータン、シラク前大統領下で首相をつとめたドミニック・ド・ヴィルパンなどが、党派を越えて支持している。今年5月、スイスでは、「すべての国民に月額2000ユーロの最低限所得を支給する」という政策案に、国民投票の対象となるのに必要な10万人の署名が集まった。

 ユニクロの柳井社長の「将来は年収1億円か100万円に分かれて、中間層が減って行く」という発言に真実性はあるが、その後の「付加価値をつけることができない労働者が年収100万円の側になっていくのは仕方がない」というのはどうだろうか? こういう発言をする人々の暴走を阻むのが、国家の役目と思うのだが。